1.はじめに
2.あらすじ(プレイヤー向け)
3.シナリオ背景
4.主要NPC
5.導入
6.別荘の探索
7.関谷に話を聞く
8.森の中
9.銀座通りへ
10.魔犬の襲来
11.戦闘
12.結末
13.附録:時系列
14.最後に
3.シナリオ背景
昭和2年7月24日、作家芥川龍之介が瀧野川の自宅で自死する。彼の作品の愛好家でもあった関谷清次郎は大きな衝撃を受け、以来スランプに陥ってしまった。
関谷の友人であった画家横井はその様子を心配し、しばらく静養を兼ねて軽井沢の貸別荘で過ごさないかと提案する。関谷は誘いに応じ、二人は金銭を出し合って小さな別荘を借りることとなった。
内向的な関谷は軽井沢の地でもあまり外出しなかった一方、横井は旧軽井沢の銀座通りなどを毎日のように散策して過ごす。そんなある日、横井は銀座通りの近くにある南京町で、魔犬のアミュレット(『キーパーコンパニオン 改訂新版』p.60)を拾ってしまう。南京町には華僑たちに紛れて食人教徒のチョー=チョー人が潜んでいて、横井は彼らの呪物を手にしてしまったのだ。
アミュレットを所持した者には魔犬の咆哮が夜毎に聞こえるようになり、やがては魔犬に食い殺されてしまう。関谷たち二人にも遠吠えは聞こえ始め、関谷はますます追い詰められ、生前犬嫌いであった芥川の祟りか、あるいは黒妖犬の呪いかと迷信じみた考えをもつに至った(それはあながち間違っているというわけではなかったのだが)。藁にもすがる思いで色々な魔除けを集め始めた関谷が華僑の占い師から受け取ったのは、お守り袋───中身は横井が拾ったものと同じ魔犬のアミュレットだった。
互いに知らぬ間に恐ろしいアーティファクトを手にしてしまった二人に神話的脅威は容赦なく襲い掛かり、とうとう横井が魔犬の手に掛かって命を落としてしまう。探索者がアミュレットを破壊しなければ、関谷もまた魔犬の犠牲になってしまうだろう。友人の命は探索者たちに委ねられている。
4.主要NPC
■関谷 清次郎(せきや せいじろう)
探索者たちの友人である売れない作家。交友が決して広い方ではなく内向的な性質から未だ独身。一方で数多いとは言えない友人のことは大切に思っている。
感受性が強い上、悪い方へ想像力を働かせてしまう癖がある。尊敬していた芥川龍之介の死以降スランプに陥った関谷は、横井の勧誘を受け軽井沢に居留することとなるが、そこで恐ろしい呪具の脅威に晒されてしまう。魔犬を目の当たりにして次は自分の番だと怯え慄いており、最後の頼みの綱として探索者たちに電報を送る。
恐怖心から別荘の外に出ることすら躊躇する一方、軽井沢を離れ帝都へ戻ることにも賛成はしない。これは何処へ行こうと魔犬から逃れることはできないと考えているのと同時に、横井が生きている可能性を完全には捨て切れていないためでもある。キーパーは彼を気は優しいが小心な小市民として描写するとよい。
関谷清次郎(32歳)、臆病な小説家
STR 9 CON 13 SIZ 14 INT 13
POW 10 DEX 11 APP 10 EDU 17
正気度 38 耐久力 14
ダメージ・ボーナス:+0
技能:
オカルト 55%、回避 30%、隠れる 40%、製作(小説) 65%、
図書館 55%、ほかの言語(英語) 61%、目星 45%、歴史 50%
5.導入
昭和2年(1927年)9月12日、探索者たちの家に知己の文士、関谷からの電報が届く。「タスケコフ シキュウ カルイサワ コラレタシ」と電報には記されていた。
彼は確か軽井沢の貸別荘で執筆活動をしていたはずだ、と思い返しながら、言い知れない不安を覚えた探索者たちは、翌朝上野発の列車に飛び乗り、軽井沢へと急ぐことになる。帝都からは列車で5時間ほどかかるため、軽井沢に到着する頃には昼過ぎとなっている。
関谷の借りている別荘は駅や大通りからは離れた森の中にあり、歩いて30分ほどかかる。鬱蒼とした白樺や楢、樅の木立の中に、貸別荘は建てられている。草木の生い茂る敷地に九尺二間(6畳)が二部屋分程度の木造平屋の別荘と、小さな納屋があるだけで極めて簡素な設えだ。決して裕福でない関谷たちだが、この立地と避暑の時期からはやや外れていることから、別荘を借りることができたのだ。
別荘は昼間だというのに雨戸が閉まっており、中の様子を窺うことはできない。〈聞き耳〉に成功した探索者は、静まり返った室内からわずかに人の気配を感じる。扉を叩いたり呼びかけたりすれば、中から関谷の怯えた声を聞き取れる。探索者が名乗れば、鍵はかかっていないので入ってほしい、と生気の失せた声が返ってくる。
扉を開けると、居間の暖炉の傍に関谷が膝を抱えてうずくまっており、顔を僅かに上げて探索者の方に目をやる。一見して目の下の隈も濃く、くたびれたシャツにズボン姿というすっかりやつれた様子だ。
関谷は探索者たちがはるばる軽井沢まで訪ねてくれたことへの感謝と、急にあのような電報を送り付けたことへの詫びを述べる。また、昨日御用聞きに電報を頼んでからずっとこのような有様だったと告白する。
探索者が何があったのかと尋ねると、関谷は「夜になると、聞こえるんだ、あの恐ろしい唸り声が……」と呻くような声を上げ、自分たちに起こった出来事を話し始める。
《関谷台詞例》
「先月から、僕と友人の横井はこの貸別荘で過ごしていたんだが……いつ頃からか、夜になると何やら悲しげな遠吠えのようなものが聞こえるようになったんだ」
「その声ときたら、いやに耳について、気持ちを酷く暗澹とさせるんだよ……」
「初めは非常に遠くに聞こえた鳴き声が、毎夜近づいてくるように思えて、気も落ち込んできた」
「さりとて引き払うわけにもいかないし、他には困ったこともないから、そのまま生活を送っていた」
「だが、一昨日の夜……僕が此処で書き物をしていると、外から横井の悲鳴が聞こえた……」
「慌てて外へ出ると、そこにいたんだ、あの化け物が……」
「昏がりに見えたあれは、四足の、猟犬か狼のような姿だが、熊ほどもあろうかという大きさだった」
「そいつは目を爛爛と光らせ、横井に獰猛な牙を剥いて襲い掛かっていたんだ……」
「横井は……獣に喰いつかれたまま両手を振り回していたが……」
「ごきりという厭な音が響いたかと思うと、ぐったりと襤褸雑巾のようにそのまま引き摺られて……そのまま獣も横井も、消え去ってしまったんだ……」
「……きっとあれは、シヤロック・ホルムスにも現れた、伝説の妖犬に相違ない……」
「そして、次に狙われるのは、僕なんだ……ああ、彼奴に喉笛を食い破られて死んでしまうんだ……!」
関谷は話し終えると自らの肩を抱いて震えながら、悲痛な声を漏らす。到底現実とは思えない話だが関谷の瞳は怯えと真の恐怖に彩られており、探索者たちにもぞっとするものを感じさせる。この話を聞いた探索者は0/1D3正気度ポイントを失う。
〈オカルト》または[〈知識〉/2]に成功した探索者は、シヤロック・ホルムスという言葉を聞いて『名犬物語』(今でいうアーサー・コナン・ドイルの『バスカヴィル家の犬』)にも登場する伝説の黒妖犬を想起する。イギリスの一地方に伝わる、闇夜に現れ人を襲ったり祟り殺す黒き魔犬のことだと理解できる。
6.別荘の探索
話を聞いた探索者は、関谷の身に何か恐ろしい出来事が起こっていることを理解し、夜までに原因を取り除かなくてはと感じて探索を開始するだろう。ここでは貸別荘内の探索箇所について記述する。
◆庭
雑草の生い茂り庭木が鬱蒼とした庭である。〈目星〉に成功すると、納屋の入り口辺りの地面に巨大な動物の足跡があることに気が付く。足跡に対して〈生物学〉または〈博物学〉に成功した場合、それがイヌ科の動物の形によく似ていることが分かる。一方で飼い犬や狼よりもずっと大きく鋭い爪を有していることから、果たしてこれが普通の動物なのかと疑念を覚える。
また、庭を調べた探索者は緑色の宝石細工が落ちているのを発見する。拾い上げるとそれは高さ二寸(6cm)程度の精緻な翡翠細工で、翼を持った猟犬、あるいは犬面のスフィンクスのような動物の彫像であることが確認できる。同じ翡翠でできた円形の台座の部分には、見たこともない文字がぐるりと刻まれており、底面には奇怪で恐ろしげな髑髏が彫り込まれている。これは「魔犬のアミュレット」だ。チョー=チョー人の食人カルトのアーティファクトであり、彼らの饗宴により犠牲になった人々の精神の一部がこの中に囚われているという恐ろしい装身具である。
この奇妙な像を見た探索者へは〈アイデア〉ロールを行わせること。成功者は、この像を見た瞬間ぞっとするものを覚える。刻まれた顔の表情が極めて忌まわしく邪悪を匂わせるようなものだったからのみならず、この宝石から人間の怨嗟や無念が込められたかのような悍ましさを感じ取るためだ。〈アイデア〉に成功した探索者は0/1D4正気度ポイントを失う。
像をよく観察すると、一部に固まった血糊が付着していること、石がわずかに欠けていることに気が付く。これは横井が魔犬に襲われる直前までアミュレットを破壊しようとしていたために残った痕跡だ。
像を見て〈考古学〉か〈歴史〉または〈オカルト〉に成功した探索者は、翡翠は東洋では古来より不老不死や生命の再生をもたらすと考えられており、「玉」と呼ばれ彫刻や装身具に非常に珍重されていたこと、古代中国では皇帝の墓の副葬品として利用されてきたことを思い出す。
〈地質学〉に成功すると、この彫刻は翡翠の中でも「硬玉」と呼ばれるものであること、破壊に対する抵抗性が高い鉱物であるため、なかなか壊れにくいものであることを知っている。実際の耐久力(横井の手によって一部欠けているためこのアミュレットは15)を公開してもよい。
◆居間
広さ十畳もない居間である。中央には丸テーブルが置かれ、奥には本棚と暖炉が並んでいる。また、台所や寝室、手洗い・浴室へと続く扉がそれぞれある。
・暖炉
〈目星〉に成功した探索者は暖炉の燃えかすの中に、一枚の黒ずんだ分厚い紙が焼け残っているのを発見する。洋書の表紙だけが燃え残ったもののように見え、金の箔押しで『Cultus Maleficarum』と書かれている。
〈ほかの言語(英語)〉または〈ほかの言語(ラテン語)〉を取得している探索者はそれが『悪の祭祀』という意味だと理解できる。また、〈ほかの言語(英語)〉に成功すれば、焼け残った表部分からこれはラテン語の本を翻訳したもので、翻訳者はイギリスのサセックス州のフレデリック男爵なる人物だと、読み取れる。
この本は『ネクロノミコン』の不完全な翻訳である『サセックス草稿』と呼ばれる書籍で、横井が旧軽井沢の銀座通りにある古書店で手に入れたものだ。横井はこの本を魔犬の呪いから逃れる手掛かりとして翻訳していた。しかしあまりに冒涜的な内容から他の人間、特に精神の参っている関谷には読ませるわけにはいかない、と必要箇所を読み終えた時点で燃やしたものがここに表紙だけ焼け残っていたのだ。
・本棚
本棚には画集や小説を中心とした書籍が並べられている。
〈図書館〉に成功すると、その中から一冊の手垢のついて薄汚れた小冊子を発見する。冊子に目を通せば横井の日記だと分かる。15分ほどで、最近の横井の動向を読み取ることができる。軽井沢滞在中の記述は以下の通りである。
八月二十三日
関谷君と二人、軽井沢の別荘地へとやって来た。
お互い中中手痛い散財になったが、芥川の亡霊に取り憑かれて筆の進まぬ様子の関谷君にはいい薬になるのではないか。
八月二十八日
矢張り軽井沢は纏わりつくような暑さの東京に比べ大層過ごしやすい。
旧軽井沢の銀座通りに毛唐がうろついているのを見ると、あたかも再び巴里にでも留学したかのような心持ちになる。
関谷君はあまり外出せぬので、「遊んでばかりいては創作が疎かになるぞ」と苦言めいた口をきくが、
「なに、外で様々な事物を見聞きしたほうが霊感が湧くのさ」と答えておいた。特段嘘と云ふ訳ではない。
ナンキン町で拾ったあれは、いやに創作意欲を掻き立てられるものだった。
八月二十九日
夜分どこか遠くから獣の遠吠えのやうなものが聞こえてきた。
東京でも犬の声など沢山聞いたが、どうも怖気立つ妙な鳴き声だった。
まさか狼の生き残りがいるわけでもあるまい。
九月二日
あれから獣の唸り声は途絶えることなく、寧ろ夜毎近くに聞こえてくる。
関谷君にそれとなく近頃夜間野犬でも出るのかと尋ねてみたら、そんな話は聞かないが確かに自分も悲痛な遠吠えを聞くと云ふ。
何かに見られているような心持になり、些末な物音が耳に障る。
日に日に神経が衰弱していくかのようである。
九月四日
お巡りに相談するも「富豪が空き巣に入られぬよう連れて来た犬の声だろう」とあしらわれるばかりだ。
関谷君は芥川の祟りだ、伝説の妖犬だのと喚いている。
心霊めいた話は眉唾だと思っていたが、何かの祟りではないかと云ふ気すら起こる。
この胸に溜まった澱を掬い取るために、原因を明らかにせねばならない。
九月十一日(二日前)
朝散歩に出たらば近所の木に巨大な引っ掻き傷と獅子ほどもあろうかという足跡を見つける。
最早一刻の猶予もない。
古書屋で手に入れた本の通りに一思いにやり遂げるのだ。
◆寝室
こぢんまりとした寝室には、二段ベッドが並んでいる。小説が枕元に積まれた下段は関谷の寝床、上の段が横井のものである。
・下段
布団の上にシヤロック・ホルムスの『名犬物語』や芥川龍之介の作品を含む数冊の小説本と、迷信に囚われた関谷が集めたお守りの数々に、果てはニンニクや清め塩まで置いてある。
・上段
横井の寝床を調べると枕の下に一冊の英和辞典があるのを発見する。辞典には一枚の紙きれが挟み込まれている。
彼の呪物は悍ましき食人教の神を象りし魔除けなり。
冒涜的な儀式による犠牲者の魂は呪具に閉じ込められ、永劫の苦しみを科さるる。
彼の神の教徒ならざる者が一たび魔除けを所持するならば、神は自らその者に死をもたらす。
逃れるには、その像を完膚無きまでに破壊すべし。
このような走り書きの文章が、横井の字で記されている。これは『サセックス草稿』から魔犬のアミュレットに関する文言を抜き出して翻訳したものだ。
◆台所・風呂手洗い
さほど広くない台所や浴室で、台所の流しには丸一日はそのままにしておいたであろう、洗っていない食器が入っている。
◆納屋
横井がアトリエとして使用していた納屋である。室内にはイーゼルが立てられており、描きかけの風景画がそのままに残っている。漆喰を塗り固めた床の入り口付近には幾つかの石膏の像が無造作に置かれ、壁に打たれた釘からは鋸やカンナやノミがぶら下がっている。
・イーゼル
横井の描いた軽井沢の森や人の行き交う大通りの絵が確認できる。彼がよく散策に出ていた旧銀座通り界隈の絵が多いことが分かる。
・石膏像
人の手や胸像の習作が数点置かれているが、専門外だったためか絵ほど見どころのある作品ではない。〈目星〉ロールに成功した探索者は、床に翡翠らしき小さな緑色の破片が落ちていることに気付く。
・壁
壁を調べればひとつだけ何も金物が掛けられていない釘があることに気が付く。〈アイデア〉に成功すると、元々ここに掛かっていたのは金槌ではないかと推測できる。
7.関谷に話を聞く
事件のあらましを聞いた後や探索の途中で、関谷に質問したいと探索者が考えることもあるだろう。ここでは関谷が答えうる情報についてまとめている。
◆関谷の知っていること
・横井は軽井沢に来てから、よく旧銀座通りに散策に出ていたこと
・9月に入ってから横井が何か英語の本を翻訳していたこと
・横井が暖炉で何かを燃やしていたこと
・横井が襲われる直前まで、納屋の方で何か作業をしていたこと
◆関谷の知らないこと
・横井が魔犬のアミュレットを所持していたこと
・「ナンキン町」の具体的な場所
・自身が所持しているお守り袋の中身が2つ目のアミュレットであること(チョー=チョー人から中を見るとお守りの効能が失われてしまう、と言い含められているため)
関谷がお守り袋(2つ目のアミュレット)を所持していることは、できる限り探索者に伏せるべきだ。また会話中、キーパーは関谷が夜が来るのを恐れている様子を強調するとよい。探索者に夜が来る前に何らかの解決策を見出さなければならない、と思わせるためだ。
8.森の中
魔犬の足跡を追って行こうと考える探索者もいるかもしれない。〈追跡〉ロールに成功すれば巨大な獣の足跡が森の中に続いていることが分かり、その痕跡を追うことができる。
足跡を追って少し歩いた草の上に、血にまみれた金槌が一本落ちている。この時、プレイヤーに〈幸運〉ロールを振らせること。ロールに失敗した探索者のうち一人の顔の上に、ぐにゃりとした感触の何かひんやりしたものが落ちてくる。その正体はどこかの枝に引っかかっていたと思われる、成人男性らしき人間の手首だ。〈幸運〉に全員成功した場合は、探索者たちの前の地面に落ちるのを目撃するだけで済む。顔の上に死体の一部が落ちてくるという恐ろしい体験をした探索者は1/1D3+1、それ以外の探索者は0/1D3正気度ポイントを失う。
〈医学〉に成功すると、硬直がかなり解けた状態にあることや血の凝固具合から、手首は切断されてから2日近く経過していることや死後に切断されたことが分かる。また、〈生物学〉ロールに成功すれば、切断面は巨大な獣の犬歯によって噛みちぎられたように見える。獣の足跡はそこで途切れており、それ以上追いかけることはできない。
9.銀座通りへ
横井の日記等から、旧軽井沢銀座通りへ繰り出して探索を行いたいと探索者は考えるだろう。関谷は別荘の外に出ることを怖がっているが、〈言いくるめ〉や〈説得〉に成功すれば安心させて連れ出すこともできる。
銀座通りで出る情報に関しては、シナリオクリアに必須の情報ではない。そのためシナリオの進行具合等によっては、キーパーは日没までに行動できる場所の数を制限してもかまわない。逆にプレイヤーがアミュレットを破壊していいものか迷っている場合には、NPCとの会話中にアミュレットの話が出てこれば、宝石屋で聞いてみればいいのではと誘導してもいいだろう。オンラインのテキストセッションの場合クライマックスの「10.魔犬の襲来」時点で2時間程度はセッション時間が残っているのが望ましい。
貸別荘から30分ほど歩いて針葉樹の森を抜けると、旧軽井沢の銀座通りへ到着する。宿場町の名残らしき軒の低い家々の中、居留地のような洋風建築もちらほらと紛れた和洋折衷な外見の街並みだ。店構えを見ると、外国人向けに絹や宝石や古書等を商う店があれば写真屋もあり東京銀座に並ぶブティックが出張してきたりと、なかなか栄えた様子がある。避暑からは外れた時期ながらも、外国人や立派な身なりをした紳士淑女が通りすがっていくのが見られる。
◆古書店
店内は埃と黴の臭いが充満しており、崩れ落ちそうなほど積み上げられた本の隙間に枯れたような老人が一人座っている。探索者たちが横井の買った『サセックス草稿』について尋ねると、老人は呆けたふりをして、店の本を買ってくれるなら何か思い出しそうな気がすると話す。ちょうど前年から「円本」の発刊が始まり全集が1冊1円で購入できるようになってきた時世に、その価格は1冊5円からと法外なものだ。〈値切り〉に成功すれば、本を常識的な価格で購入することができる。
探索者が本を買うと、老人は横井の風貌に一致する男が一週間ほど前に店にやって来たと証言する。冷やかしかと思っていたが、『サセックス草稿』を流し見るやいなや「これだ!」と言って言い値で買って行ったのだという。『サセックス草稿』の来歴については、昔外国人が別荘を引き払う際に買った古本の中に紛れていたと語り、それ以上の情報は手に入らない。
◆宝石店
上流階層の客をお客としているため気品のある店内で、ガラスケースの中に煌びやかな宝石が並んでいる。恰幅のいい紳士風の店主がいて、探索者たちを一瞥すると声をかけてくる。華族や一目で裕福とわかる身なりの探索者がいた場合店主はへりくだった態度で接してくるが、庶民的な格好の探索者ばかりだった場合は、丁寧な中にもどこか訝しむような目を向ける。〈言いくるめ〉や〈信用〉に成功すれば、信用に値する客だと判断して話をする。
アミュレットを壊す方法について話を聞くと、〈地質学〉に成功した場合と同様、この像は硬玉でできており、石目も無いためなかなか壊れにくいものだと鑑定する。しかし、とはいえ宝石なので根気よく金槌で叩くなどすれば割れるものであること、また噂に聞いた話としてある華族が「翡翠は銃弾に当たっても割れぬというので、ひとつ試してやろう」と宝石を的に射的を行ったところ1発2発では割れなかった、という話を語る。
◆南京町
探索者たちが横井の日記に書かれていた「ナンキン町」を探す場合、軽井沢の地元住民や商店主に聞ければ、郵便局のある角から伸びた細い路地が華僑たちの集まる南京町だと教えてもらえる。狭い路地には雑多に漢字の看板の目立つ店が並んでおり、華僑とおぼしき売り子が、「人参!漢方!仁丹!」「饅頭二銭!」などと銘々に声を張り上げながら、必死に売り込みをしている。どこか浮世離れした感のある軽井沢の中でも独特の雰囲気を感じる場所だ。
探索者が何か買うなどすれば、一人の売り子が話を聞いてくれるようになる。魔犬のアミュレットをこの通りで拾ったことを伝え心当たりはないかと尋ねると、売り子は言いよどむ。〈心理学〉に成功すると、売り子が他の華僑の目を気にしていることが分かる。交渉系技能に成功すれば、売り子は他の華僑の目に付かない場所に探索者を誘導する。そして他言しないことを条件に、もしかしたら関係があるかもしれないと前置きして以下のことを話す。
・最近流れ者の華僑が数人、南京町に居つくようになった。
・得体のしれない宗教を信仰していて、日本語でも中国語でもない奇妙な呪文がどこからか聞こえてくることがある。
・夜にうろついているのを見たことがあるが、彼らがどこを根城にしているかは誰も知らない。
・物騒な武器を持っていたり、血腥い臭いがしたという噂がある。
これは、魔犬のカルティストであるチョー=チョー人に関する情報だ。華僑の結束は固く通常なら余所者に仲間の事情を話したりはしないはずだが、不審な様子から華僑の中でもあまり信用されていないのだ。
◆金物屋
アミュレットを破壊する作業を控えて、金槌等を通りの店で購入することができる。
金槌の性能は【技能:〈小さな棍棒〉または〈杖〉、ダメージ:1D4+1+db、耐久力:10】となる。
10.魔犬の襲来
旧軽井沢銀座通りから戻ってくる頃にはいよいよ日も沈みそうな時刻となっており、探索者たちは魔犬のアミュレットを破壊しようと試みるだろう。このアミュレットに関してはロールは必要なく、宣言のみで破壊できる。
また、南京町に行って不審な華僑の話を聞いた探索者が周囲に警戒していた場合、〈聞き耳〉を行わせること。成功した場合特に怪しい物音はしないが、クライマックスでチョー=チョー人が戦闘に乱入してくるのが2ラウンド目からとなる。
幾度も金槌を打ち付け、翡翠細工は完全に砕ける。探索者や関谷が軽く安堵したところで闇の中、山から吹いてきた一迅の風がかたかたと戸板を鳴らす。その途端、ふっとランプの明かりがかき消えたかと思うとどこかから甲高い遠吠えが響いてくる。一度のみならず幾度も耳に轟くその声は、心臓を鷲掴みにするかのような恐ろしいものだ。地獄の底から響くかの如き咆哮は、聞く者の理性を削り得る。探索者は0/1D2正気度ポイントを失う。
獣の咆哮に探索者が危機感を覚えたところに、魔犬がついに姿を現す。
それは確かに、彼の彫刻に似ていなくもなかった。
しかし、その身の毛もよだつ忌まわしさは比べようもない。
猟犬のような姿をしたその動物は人よりも大きく、その背からは蝙蝠の如き飛膜状の翼が広がっている。
獲物の肉を裂き骨を抉るために変質した爪が毛深い四肢から生え、生臭く荒い息を吐きかける口からは、杭のような牙が覗いている。
黒々とした影から発せられるのは、濃密な死と邪教の混沌に満ちた気配だった。
ぼたぼたと粘液質の涎を垂らしながら、怪物は燐のように光る目玉を新たな犠牲者に向ける。
魔犬、食人カルトの死の神
STR 20 CON 24 SIZ 19 INT 15
POW 26 DEX 18 移動 9/飛行 15
耐久力 22
ダメージ・ボーナス:+1D6
武器:
かぎ爪 45%、ダメージ1D6+db (1ラウンド2回)
噛みつき 60%、ダメージ1D10(すべての装甲無視)
いたぶり(一度噛みつくと自動的に成功) 毎ラウンド1D6ダメージと1POWを消費
装甲:
なし。ただし物理的な武器によって傷つけられない。
呪文および魔術的な武器に対して4ポイントの装甲
耐久力が0になると次の晩まで姿を消すが、ダメージは完全に治っている。
技能:
回避 100% 跳躍 100% においを嗅ぐ 100%
忍び歩き 100% 水泳 100% 追跡 100%
正気度喪失:
目撃による正気度喪失 1/1D10
唸り声を聞くことによる正気度喪失 一晩に0/1D2
引用:『クトゥルフ神話TRPG キーパーコンパニオン 改訂新版』キース・ハーバーほか作、坂本雅之/中山てい子訳、KADOKAWA/エンターブレイン、2013年、初版、p.61
魔犬の到来に続き、別荘の様子を窺っていたチョー=チョー人の男たちが2人駆け付けてくる。華僑らしい服装をした彼らは、探索者には理解できない言葉で何事か囁き合ったかと思うと、柳葉刀を高く振り上げ、襲い掛かってくる。前述の警戒による〈聞き耳〉に成功していた場合は、彼らの登場は戦闘ラウンドの2ラウンド目からとなる。
チョー=チョー人、神話に忠実な部族民
STR 11 CON 11 SIZ 13 INT 15
POW 10 DEX 11 APP 8 EDU 7
耐久力:12
ダメージ・ボーナス:+0
武器:
柳葉刀 30%、ダメージ1D8+db、耐久力20
装甲:
なし
死の化身たる魔犬に相対した探索者は、1/1D10正気度ポイントを失う。
再び現れた魔犬に、関谷は恐怖のあまりよろけて尻餅をつく。この時全員に〈聞き耳〉を振らせること。成功者は関谷の方から、コトリと何かが落ちた音がしたことに気が付く。彼の足元には、ズボンのポケットから零れ落ちたらしい布の薄汚れた小さな巾着袋が落ちている。〈聞き耳〉に成功した探索者は、その大きさや音から中に入っているものがあの忌まわしき翡翠の像と同じものだと分かる。このアミュレットを破壊しなければ脅威から逃れることはできないと探索者たちは悟るだろう。
11.戦闘
以降は戦闘ラウンドとして処理を行う。魔犬は1ラウンドに2回のかぎ爪攻撃を関谷へと行う。2人のチョー=チョー人は探索者を対象に、柳葉刀を使って攻撃を行う。関谷への魔犬の攻撃は致命的なものになる可能性がある。キーパーは探索者が関谷をかばいダメージを肩代わりすることを認めてもかまわない。
探索者が関谷が落としたアミュレットを破壊することを希望した場合、自分の手番を使って【像を破壊する】行動を取ることができる。翡翠の像は動く物体ではないが、大きさが小さい点と材質の関係上ロールに関しては以下の修正が発生する。
金槌等の近接武器:技能値+30%
拳銃等の火器、遠距離武器:技能値そのまま
こぶし、キック、マーシャルアーツ等肉体のみの使用:効果なし
関谷の落とした魔犬のアミュレットの耐久力は20である。これを破壊できるかどうかに関谷、そして探索者の命運も左右されるだろう。
◆安らかなる死も許されず
これは魔犬の攻撃で関谷がダメージを受け、意識不明に陥った際に発生するイベントだ。通常なら致命傷を負い意識を失うような怪我をしているにもかかわらず、魔犬の攻撃を受けた者はその魔力によって気絶することも許されない。関谷はその口から耳を塞ぎたくなるような悲鳴を上げ続け、びくびくと痙攣するように動きながらもがき苦しむ。そのありさまはあまりに惨たらしく、目を背けたくなるようなものだ。魔犬の攻撃を受ける関谷をかばうなどした探索者が意識不明になるダメージを受けた場合も同様に処理を行う。
悍ましい光景を見た探索者は1/1D4正気度ポイントを失う。
12.結末
探索者が迎え得る主要な結末について、以降に述べる。
◆関谷の落としたアミュレットを破壊できた場合
探索者が翡翠の像を完全に砕いたのと同時に、魔犬から薄緑色の光が発せられる。像と同じく薄く黒い毛並みが緑に光るヒビで覆われてゆき、魔犬は、不吉でありながら悲しげな遠吠えを上げる。黒い犬の姿はうすぼんやりとして、あたかも夜霧に溶けるかのように消え失せてしまう。
チョー=チョー人たちは形勢が逆転したことに慌てふためき、逃げ去っていく。希望する探索者がいれば、DEXの抵抗ロールに成功すれば彼らを捕え、探索者を襲撃した咎で警察に突き出すことができてもよい。
関谷は茫然としながらも探索者のおかげで助かったと感謝の言葉を述べ、軽井沢の美しい星空が生還を祝福するかのように中天に瞬く。
到底現実とは思えない体験をしながらも友人を守ることができた探索者たちは、1D10の正気度ポイントを回復する。探索者の誰も命を落としていない場合は追加で+1D2ポイントの正気度ポイントを得る。
◆魔犬の攻撃で関谷が死亡した場合
探索者がアミュレットを破壊し終わるより先に魔犬が関谷の命を奪った場合、魔犬は関谷の死体を咥えて消え去る。チョー=チョー人もアミュレットを回収すると逃げ去っていく。関谷は失踪扱いとなり、その後の行方を知る者はいない。
探索者の正気度回復は、恐ろしい存在の魔の手から危うく逃れたことによる1D2ポイントの回復のみとなる。
◆全員が戦闘不能に陥ってしまった場合
探索者たちは見知らぬ暗い部屋で目を覚ます。頭が朦朧とするような香が周囲にたちこめているが、それでも隠しきれないほどの血の臭いが鼻を覆う。暗がりのあちこちからは理解できない呪文のような呟きが聞こえてくる。
近付いてきたチョー=チョー人が柳葉刀を振り上げたところで探索者の意識は再び途切れる。彼らの精神は永遠に魔犬によって貪られ続け、アミュレットにその一部を繋ぎとめられることになる。探索者は死亡し、正気度ポイントの回復はない。
◆魔犬のアミュレットが2つあることに探索者たちが気づかなかった場合
関谷がお守り袋を落とした際の〈聞き耳〉ロールに全員失敗した場合等、魔犬のアミュレットが2つ存在することに探索者たちが気づかない可能性もあるだろう。戦闘ラウンドの手番の際に〈目星〉ロール成功で発見できる等、キーパーは必要に応じてリカバリーの機会を設けてもかまわない。
結果的にアミュレットの存在に探索者が気づかなかった場合、関谷が死亡するか探索者たちが2人のチョー=チョー人を倒せば、一時的に魔犬は姿を消す。しかし、チョー=チョー人を倒しても魔犬が関谷を狙う根本的な要因を解決してはいないため、遠からず関谷は魔犬に再度襲われて命を落とすこととなる。
この結末を迎えた場合、探索者の正気度ポイントの回復はない。
13.附録:時系列
7月24日:芥川龍之介の自殺。死を知った関谷はスランプ状態に陥る。
8月上旬:関谷の様子を心配した横井が貸別荘の話を持ちかける。
8月23日:関谷、横井が軽井沢へ到着。
8月28日:横井が軽井沢の南京町で魔犬のアミュレットを拾う。
8月29日:夜毎に魔犬の遠吠えに悩まされるようになる。
9月3日:精神を病んだ関谷が、チョー=チョー人からお守りと言い包められて2つ目のアミュレットを手にする。
9月4日:横井が警察に犬の声について相談するが、あしらわれる。
9月5日:横井が軽井沢旧銀座通りで『サセックス草稿』を手に入れ、翻訳を始める。
9月11日:この晩、横井は『サセックス草稿』を燃やした後アミュレットを叩き割ろうとするが、魔犬に襲われる。目撃した関谷は茫然自失の状態となる。
9月12日:貸別荘を訪ねた御用聞きに、探索者たちへの電報を託す。探索者たちに電報が届く。
9月13日:探索者が軽井沢に到着する。
参考文献
H.P.ラヴクラフト作、大滝啓裕訳「魔犬」『ラヴクラフト全集〈5〉』、創元推理文庫、1987年
『クトゥルフ神話TRPG キーパーコンパニオン 改訂新版』キース・ハーバーほか作、坂本雅之/中山てい子訳、KADOKAWA/エンターブレイン、2013年、初版
寺田寅彦作『軽井沢』、青空文庫、https://www.aozora.gr.jp/cards/000042/card1697.html
花里俊廣著、「戦前期の軽井沢の別荘地における外国人の所有・滞在と対人的環境の様態」『日本建築学会計画系論文集 第77巻 第672号』、日本建築学会、2012年
軽井沢観光協会、”軽井沢年表”、軽井沢観光協会公式ホームページ、https://karuizawa-kankokyokai.jp/knowledge/265/
「やろうずwiki」版公開:2015年9月22日
「破れ文車」版公開:2020年3月20日
TRPG二次創作活動ガイドライン対応・修正:2023年4月15日